9月23日 お客さまは神の精神
🇳🇵4日目のご報告です。
動画にしてあるのは、ネ日友好議員連盟のD・レグミ会長との会談。会長は北海道大学で環境地域科学を専攻し、博士号を持つ親日の下院議員です。
氏からは五つのご提案が示されましたが、日本からの直行便拡充や自然災害の共同研究。JETROの出店による日本からの投資促進など、とても具体的なプランが示され、私としても興味深く受け止めました。
また元教育大臣で、現在はトリブバン大学で防災学を教えているG・トゥラダール氏とも会談。
宮城県の多賀城高校に設置している防災学科や、日本式防災、避難訓練の取り組みなど、ソフト対策が大切であることを共有し、両国が防災教育分野で連携し備えを強化していくことを共有させて頂きました。
氏は65歳ということで、2つ違いのブラザーズを結成。新しい友人です。
そして急遽P・アリヤル下院議長との公式会見が決まり、大急ぎで連邦議会へ。
多忙な中時間を割いて頂いたことに感謝申し上げました。
その上で私からは、中長期的な視点から被災者の心のケアが重要であること。その為の専門人材の育成が必須な点など、東日本大震災での経験を踏まえお話し申し上げました。
議長もその点良く心得ておられ、「被災者が痛みを忘れるまで寄り添うことが大切」と述べられました。
公式会見なので、オフィシャルな報道以外のカメラはNGですが、地元紙に報じるようなので後日ご紹介いたします。
得難い経験と新たな出会いに感謝🇳🇵。
9月22日 🇳🇵3日目ご報告
昨日はカトマンズ市内で活動しました。
ラムジ・ヤダヴ労働大臣との会談では、被災のお見舞いを申し上げつつ、ネパールから沢山の国際人材を送り出して頂き、今では日本の社会・経済活動を支えて下さっている現状に感謝を申し上げました。
ラジ・ウプレディ国家防災管理庁長官とは、東日本大震災での経験や課題等を共有しましたが、長官が「仙台防災枠組み」が大事であると語られた事には、正直なところ少々驚きました。2015年仙台での国際防災会議で採択された、2030までの防災指針(アジェンダ)の正当性を改めて実感した瞬間でした。逆に我々がこのアジェンダを形骸させてはいないのか。胸に手を当てて考えねばなりません。
ラジブ・キャトリ連邦議会議員とのミーティングでは
、種子の研究開発と育成におけるネパールの脆弱さがテーマに。
日本でも今年種子法を改正し、育成権者の権利保護が強化されたことを紹介。優れた種子の改良には時間と経費がかかりますので、こうした分野も大事な支援に繋がる点を実感しました。
どうあれ🇳🇵に対して資金、人材、技術、統括のサポートが不可欠です。臨時国会で政府に強く求めます。
9月21日 感じたこと
ネパール活動2日目は、被害が最も大きかったとされるビドゥル市へ。
中国との国境にそびえるランタン(7227㍍)中腹で起きた氷河崩落は、そこから約70キロ離れたビドゥルに猛烈な勢いで土石流となって押し寄せ、尊い人命と地域を飲み込んでいきました。
峡谷に生活している集落の人々は、今後もこうした危険と背中合わせであり、早急に何らかの手立てが必要です。
今回のような氷河崩落のリスクのある箇所が、約30もあると聞きました。
経済力や技術力の少ないネパールのような国に対し、先進各国が一致協力して復興支援を行うことは勿論ですが、いつ起こるかも知れない次の災害に備え、最新の技術とテクノロジーを駆使して、早期感知・即時の伝達と避難の警告をはじめとし、避難ビル・タワーの整備と避難訓練の実技伝達など、わが国がやれることは少なくないと思います。
東日本大震災の経験と今回の現場調査を踏まえて、具体的で実現可能な支援の取り組みを、臨時国会を通じ政府に提案し強く求めていきたいと思っています。
(写真のふたコブの山がランタン)
9月20日 ネパールの痛み
ネパールでの活動初日のご報告をさせて頂きます。いまカトマンズは日曜朝の6時少し前です。
最初にお会いしたのはサミッチャ・バンスコタ連邦議会議員。遠方からの訪問に謝意を頂いた上で彼女が示したのは、今回の土石流被害に関しての「先進国の責任」ということでした。
しかしそれは単に温室効果ガス排出国としての損害補償の話ではなく、ネパールを発展させていくことへのパートナーシップについてであり、決してお金の支援だけが真の意味でネパール支援にならないとの問題意識であり、私は強く共感したところです。
教育と人材育成の仕組みづくり、全体感に立ったマネジメント力、産業の高付加価値化とブランディング、そして腐敗や汚職を断つ意識改革等々、課題は尽きないなと感じました。
午後はティミ市へ移動し市役所を訪問して、スレンドラ・シュレスタ市長を表敬しました。ティミ市には古くからの都が現存する、時計の針が止まっているような町並みがありますが、大規模災害の影響で観光客が減っていること。さらには新しいホテルが無いので、宿泊はカトマンズ市に取られている課題など、幅広く意見交換をいたしました。
どうやら課題は万国共通のようで、私からは日本における高付加価値化された民泊の成功事例をお伝え。強い興味を持って頂けたようで良かったです。
ティミ市は陶器の製造が盛んで、多くの家族が製造・販売を生業としています。
皆さん研究熱心で、韓国やドイツそして日本の土の練り方、火入れのタイミングや温度、回数など、質の高い陶器づくりに力を注いでいるのが印象的でした。
夜はティミ市ロータリークラブ、第644回例会にゲストとして招かれ、メンバー達との間で産業振興や人材育成の手法、安定生産のための農業近代化について等、実に闊達な意見交換の場を経験いたしました。
有意義な初日のミッションでした。
9月16日 中道第2章
先ほど国会内で開かれた中道改革連合の議員総会において、私庄子賢一は正式に離党しましたことをご報告申し上げます。
この間獅子奮迅の戦いをされた小川代表はじめ、所属議員の仲間や職員、サポーターの皆さまに改めて心から感謝申し上げつつ、中道第2章を貫く決意をお伝えさせてください。
そしてご心配をお掛けしている全ての皆さまに、今後結果をもってお応えすべく、全力で働いていく事をお誓い申し上げます。
庄子賢一拝
9月11日 ご報告、そしてお詫び
一日遅れましたが、Xに投稿した動画をアップさせて頂きました。
厳しいご意見やご批判を頂く中で、誠意を持って説明を尽くし抜くこと。今はそれしかないと思っております。
誠実なる踏ん張りが、未来の発展に繋がることを信じて戦います。
9月4日 静かな時限爆弾
今日の公明新聞に掲載いただきました。
石綿は高度経済成長期を中心に、ビル建築物などの吹付け材や断熱材をはじめ、様々な分野で大量に使われてきた天然の鉱物。
庄子は宮城県議時代からこのアスベスト(石綿)問題に取り組み、解体事業者や建設業、設計事務所、ビルオーナー等を対象にセミナーを開催。大気汚染防止法及び建築基準法の解説や、適切な飛散防止対策と石綿除去の手法などを広報して参りました。
肺がんの一種である中皮腫は、発症原因の殆どが石綿の吸入と言われており、約30〜40年の長い潜伏期間を経て発症することから 「静かな時限爆弾」とも言われています。
今後わが国では建築物の解体・更新のピークを迎えます。現在進行形のリスクとして対策を強化してまいります。
9月1日 負げでたまっか
昨日からの2日間、大池宮城県議と熊本県の氷川町、宇城市で活動しました。
令和8年熊本地震から一ヶ月が経過する中で、震災が生業や暮らしに大きな影響を与えており、スピーディーでかつ長期的な支援が必要だと痛感。
農家の皆さまは農業用水路が断絶したり、土砂で埋まったりすることで田んぼに水がかけられないこと。また、倉庫が潰れて農業機械が動かなくなった等、途方に暮れておられました。
八代市の避難所では、災害リハビリテーション推進協議会(JRAT)さまのアテンドで、生活スペースと食事の場所をゾーニングした仕組みを視察。清潔で規則正しい生活リズムの持続に有用だと思います。
宇城市では家財道具運び出しのボランティア活動。8人編成のチームに入らせて頂き、洋服ダンスやスチール机のほか、衣類、家電製品等震災て壊れた物資を搬出。気温35度を超える中夢中で作業しました。これは高齢世帯では到底片付かないです。マンパワーが必要です!
また日本レスキュー協会さまと現地で合流。ペット同伴で避難所に受け入れる環境を整えることは、ペットの為というより同伴を諦めて車中泊を続け、結果体調を崩すことを避ける意味から、被災者自身の健康問題に直結するということを教えて頂きました。
時あたかも中道が大きな変化に直面する今、負げでたまっかの思いを胸に、精一杯熊本で戦いました。
8月25日 置賜よいところ!
山形県置賜地域で終日活動しました(24日)。
佐藤、山田の両米沢市議と医ケア児の預かり事業所を訪問。来年4月からの法改正と現場の実情に関して、課題を共有することができました。
佐藤高畠町議とは山形県酪農業協同組合にて、山口組合長と酪農・畜産、稲作を取り巻く難しい環境について意見交換。「農業をしっかり支えてほしい」と激励も賜りました。
笹原白鷹町議とは市長を表敬しつつ、企業やお味噌生産者を訪ね有意義なミーティングを行い、党員宅にて楽しい懇談も。
県内唯一の水車工房「山水車」では、大工の山口重雄さんから、英国王室や台湾向けにつくった水車の逸話を伺うことができました。
夜は白鷹町の党員会に出席し、精一杯国政報告&質疑応答を務め、大充実の置賜DAYとなりました!
8月15日 私たちが継承するもの
81回目の終戦の日。仙台市内で公明の仲間たちと街頭に立ち、平和創出への決意を申し述べさせて頂きました。
今わが国の政治に必要なのは、不都合な真実にも真摯に向き合い、仮に間違いがあるときは謙虚に対応を正し、非を認め考えを改める勇気だと思います。
それを教えてくださったのは、先日ご逝去された坂口力元厚労大臣/元公明党副代表です。
2001年、らい予防法に基づいて行われた、ハンセン病当事者に対する人権侵害と、長期に渡る国の隔離政策に対し、熊本地裁が国の責任を認める判決を示した際に、政治生命をかけて小泉総理に控訴断念を直談判した坂口さん。
謙虚さを持たず、勢いに任せポピュリズムに走る政治には、厳しき監視の目が必要です。
8月10日 福島復興の現在地
今日は公明党の皆さんと、福島県浪江町の津島地区を訪問。中道から赤羽衆議院議員とともにご一緒しました。
水稲の試験栽培圃場では震災以降14年ぶりの田植え・稲刈りから3年目。コメへの放射性物質の移行のないことが確認されており、今後安全確認を行いながら再出荷を目指していました。
りんごの高密植栽培園地では、令和6年から津島を「りんごの里」とする実証実験がスタート。スマート機械を入れた来年の初収穫に向けて意欲的に取り組んでおられました。
他にもベニザケの陸上養殖施設の建設現場などを視察し、原発被害で帰還困難区域となった地域が、どのような復興途上にあるのかを確認したところです。
役場では吉田町長と面談。復興へ向けた様々な課題について率直に意見交換し、今後の共闘を約しました。
8月9日 燃えて吼えて
今日は公明党秋田第2総支部の議員団と、終戦記念の街頭演説会をご一緒させて頂きました。(大館市内)
奇しくも今日は81年前長崎に原爆が投下された日、先の大戦で犠牲となられた全ての御霊に、哀悼の意を表しつつマイクを握りました。
今年のNPT再検討会議に於いては、最終文書を取りまとめる事ができず、これで3回連続して成果文書が作れないという、憂慮すべき事態となっています。
こうした中でこそ、わが国は唯一の戦争被爆国として
、核保有国と非保有国との橋渡し役として手腕を発揮すべき時です。
故に非核三原則の見直し等は、日本の存在価値や重要な役割を棄損し、NPT体制を一層難しくしてしまうのではないでしょうか。
公明の仲間たちと訴え、自らに誓う大館の一日。お集まりくださった皆さまに感謝申し上げます。
7月29日 心よりお見舞い
昨夕熊本を中心とした大規模な地震が発生。犠牲となられた皆様に衷心より哀悼の意を申し上げます。被災された皆様におかれては、酷暑による体調の悪化に十分お気をつけ頂き、この難を乗り越えられますように、東北の地から強く祈ります。政府与党も、我々中道をはじめ野党においても、まずは人命救助を最優先し、中長期の対応に備え万全を期し、全力でご支援申し上げます。
7月24日 監視せよ
先ほど23時前に衆議院本会議が開かれ、157日間の特別国会が事実上閉会いたしました。
国論を二分する多くの重要法案を処理した割りに、高市総理の予算委員会出席時間は極めて少なく、結果として議論の深化ないまま、生煮えで成立に至った法案が多数あったと思っていますので、今後もフォローアップをしていきたいと考えます。
国会開幕直後に惹起したイラン戦争と、その後の中東情勢の悪化により、わが国の輸入物価は5月に対前年同月比25%増。6月には29%増と進行しました。そのことにより食料品の値上げラッシュが生じ、今年1年間で約2万品目の値上げが予想される状況です。
私たち中道、公明党はこうした物価高騰を想定し、4月の段階で補正予算の編成を政府に強く申し入れていましたが、実際に補正が成立したのは6月に入ってからでしたので、ワンテンポもツーテンポも対策が後手に回ったと言わざるを得ません。
しかも予算額3兆1千億円という規模で、現下に為すべき景気・経済対策としては不十分。加えて全額赤字国債で財源確保という手法では、マーケットからの信認を得られず、円安の進行を助長した感がぬぐえませんでした。
こうした政府与党の国会運営と景気・経済対策の姿勢は、終盤国会まで色濃く出たと強く感じます。
それは国民生活の現状や、中小企業の厳しい経営環境と遊離して、国旗損壊行為に刑罰を科す法案が優先されたり、首都の定義がない中で、副首都を法律で規定する法案成立が急がれたり、国会での丁寧な議論がないまま、皇室典範という最重要法案が改正されたりした中に鮮明です。
劣化と稚拙、雑にして空洞の国会ではいけない。そう自戒の念と与党への猛省を願いつつ。
この間のご支援とご指導に心から感謝と御礼を申し上げます。そして明日からは野に放たれて、東北中を縦横無尽に走り回ることをお誓い申し上げます。庄子賢一拝